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藤田孝典のtwitterでの有機的知識人発言について

 下流老人の著者である、藤田孝典のtwitterでの発言について、私の感じた疑問を書きます。藤田の2017年2月1日の有機的知識人の発言。

「有機的知識人とは、言論界に閉じこもらず、具体的な行動を起こし、様々な組織と連帯しながらアクションを続ける知識人です。日本にはほとんど存在していません。」藤田孝典 on Twitter: "アントニオ・グラムシ「知識人の形成と機能」『知識人と権力』上村忠男編訳、みすず書房、1999年 を参照いただけたらと思います。有機的知識人とは、言論界に閉じこもらず、具体的な行動を起こし、様々な組織と連帯しながらアクションを続ける知識人です。日本にはほとんど存在していません。 https://t.co/HSXrCZxVXy" とあるが、 

グラムシ=獄中からの手紙 (1978年) (合同叢書) を引用しているエドワードサイード著「知識人とはなにか」知識人とは何か (平凡社ライブラリー)840円から、P28、3行目から12行目を引用する。

グラムシの立論によれば、社会のなかで知識人の機能をはたす人間は、おおむねふたつのタイプにわけられる。ひとつは、教師や聖職者や行政管理者といった伝統的知識人。こうした人びとは、何世代にもわたって、同じ仕事をひき継いでいる。いまひとつは、有機的知識人。グラムシによれば有機的知識人は階級なり運動と、それも、知識人を利用して利害を組織化し、権力を手に入れ、支配権の拡張をはかる階級なり運動と直接むすびつく。まただからこそ、グラムシが有機的知識人論のなかで述べているように、「資本主義の企業家は、そのかたわらにはべらせるべく、産業技術者、政治経済専門家、新たな文化編成や新たな法制度の立案者を生み出す」のである。現在、広告代理店や宣伝担当のエキスパートたちは、洗剤会社なり航空会社なりが市場をより多く確保できるよう、さまざまなテクニックをひねりだしているところであり、さしずめ彼らこそ、グラムシの定義による有機的知識人と言えるだろう。民主社会において、潜在的顧客の動向をみぬき、支持を得たり、消費者あるいは有権者の意見を誘導する人間はみな有機的知識人である。

 (P114,4行目)制度的諸機関が、栄枯盛衰をくりかえすにつれて、有機的知識人―アントニオ・グラムシの便利な言葉を使わせてもらおう―もまた、栄枯盛衰をくりかえす。

「有機的知識人」はサイードの解釈によると、私には、竹中平蔵大竹文雄、3.11以降の原発擁護の知識人達と理解したのだが。サイードのグラムシ理解が間違っているか?グラムシを私は読んでいないから。