サイード「知識人とはなにか」
私はグラムシは読んでないから、サイードについて感想を書く。サイードの「いつも失敗する神々」という言葉、例えに神を使う事と一神教の人びとの前で神を軽々しく口にして神々と複数形にすること、わかりづらいおかしさがあった。神サマ信じてへん。
この本の中で挙げられている小説をメモする。読んだらサイードの発言により近づくことができる。フロベールの「感情教育」(英題はSentimental Educationでなんとなく日本語から感じるイメージと違うなと思ったので書く )、ジョイスの「若き日の芸術家の肖像」ツルゲーネフの「父と子」。「父と子」のアイザイアバーリン本よりシリーズ《この人に会いたかった》 第4巻 バーリンという名の思想史家がいた──「ひとりの人」を通して「世の中」へ|編集グループ〈SURE〉が噛み砕いてあって薄くて易しいので推す。
藤田孝典のtwitterを引用する。
左翼やリベラルが現場に軸足を置き、上部構造の政治と連結して「有機的知識人」であったのなら、日本の貧困問題、社会問題はここまで深刻でなかったことだろう。面倒くさがらずに、真面目な活動をしてほしい。
— 藤田孝典 (@fujitatakanori) 2016年12月17日
18:36 - 2016年12月16日6件の返信73件のリツイート284 いいね
彼は、有機的知識人を肯定的な意味で捉えている。それでこの文章に深みが出ている。
はてなブックマーク - 藤田孝典さんのツイート: "左翼やリベラルは、貧困問題を政治利用しないでほしい。「貧困を解消するために政治に働きかけるのではなく、政治を変えるために貧困問題を利用する」という はてぶでは2016/12/17に注目されていた。早い。